終身雇用の雇用習慣が人の判断基準を生む

2011.12.09

日本の企業がとってきた終身雇用の雇用習慣が、大学の偏差値で人を判断するという判断基準を生んできたのである。言い方を変えれば、日本の大手企業における「終身雇用」と「上位校中心の新卒一括定期採用」、そして「有名大学至上の受験競争」という三者は一体不可分のものだったのである。日本社会では新卒学生の「就職活動」という文化が定着しており、テレビニュースでも「就職活動スタート」と、一種の季節の風物詩として語られるぐらい、社会の関心も高い。

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しかし考えてみれば、入はみな個性があって、興味関心の領域も、成長のスピードも違うのに、自分の人生を大きく左右する仕事を決める活動を、全員が同じ時期に一斉にやるというのも妙な話だと思わないだろうか。大学を三月に卒業したら四月から会社員になるのが普通。そしていったん大きな会社に入ったら定年までそこにいるのが普通。つまり高校時代があって、それが一斉に終わると、その翌月から突然みんな一斉に大学時代が始まり、それが一斉に終わると今度はまた一斉に社会人時代が始まり、それが四十年近く続いて六十何歳とかで一斉に終わる。その時には人生はほぼ終盤戦、といった図式が存在していた。今の大学生の両親は多くがこういう時代の価値観を共有して育ってきた世代だろう。誰もが大学を卒業したら四月一目を期して会社に入るのが当然のように考えられ、それができない人、やろうとしない人は落伍者であるかのような認識が、一部ではいまだに根強くある。これはおかしなことではないか。




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